整音の実際(技術者向け)
目次
整音の考え方
はじめに(2020/11/11 訂正)
整音について多くの先輩たちに学び、研修も受け、解説書も読んでまいりました。30年以上もこの世界で勉強を続けてきた中で、オリジナリティや応用が、随分の割合で自分の技術力の中を占めるようになってまいりました。そこで、特にオリジナリティと応用部分を、かなり独特な内容を持って皆様にお伝えし、何かしらの参考にして頂ければと思い、このコラムに掲載してゆくことにしました。これまで先輩たちが伝えきた事とは随分異なる内容になると思いますが、期待はずれにならないよう取り組みたいと思っております。
修正や加筆など多くなりそうです。最新箇所が分かりやすいようにタイトルの右側に日付を入れるようにいたします。
技術者によって使う言葉が違う
「この音は閉じている」「エーという音がする」「遠鳴りがする」「柔らかい」「深い」「伸び」とそれぞれが使う言葉が違っていて、はじめて整音を学ぼうとするときに「???」…とこんな状態になってしまいます。ここではもっとシンプルに説明できるよう工夫してゆくつもりです。
振り返ってみますと、日本語が複雑なせいか日本人の音色に対する表現方法は欧米の技術者よりも複雑で、そのことがますます整音を学ぶ時のハードルを高くしてしまっているような気もします。表現方法が複雑なだけに意図しないことが相手に伝わってしまったり、逆に伝わりにくかったりと弊害も多いような気がいたします。
技術者によって聞く音が違う
「この音はこの場所に針が多く入っているからこういう音がするんです」と技術者が口にすることがありますが、往々にしてこのような会話は相手に伝わりにくい節があるようです。お互いに聞いている箇所が異なっているというか、言葉自体も(特に日本語は複雑で)抽象的なことが多く、このこともあって整音についてのディスカッションがスムーズにいかないような気がします。
整音はとてもシンプル(2020/11/11 訂正)
整音はハンマーの硬度を調整するわけですが、これが硬めだと(演奏者の耳には)音量が大きくクリアに聞こえ、柔らかいと小さく柔らかく聞こえます。さらに柔らか過ぎると(演奏者の耳には)こもった音に聞こえます。
これを全音域バランス良く整えてゆくわけです。あるタッチでは揃っているのにあるタッチではばらついているということのないように、あらゆるタッチでチェックしてゆきます。
整音の最終目標
複数台のピアノを同じ弾き心地にすること
「3台とも同じような弾き心地!」「メーカーが違うのに弾き心地が同じようにできるんですね!」「とても弾きやすい!」といった会話になることがよくあります。当然、それぞれのピアノは音色も違うし、ピアノのパワーもタッチも鍵盤の重さも違います。なのにこのような言葉を頂戴する。これがこのコラムで皆さんに伝えたい最終目標であります。
音色ではなく弾き心地を調整する
通常、整音は音色を調整するものと学びますが、ここでは音色ではなく弾き心地を調整するということになります。音色はあくまでも演奏者がタッチとペダリングで作り上げます。弾き心地が良くなることにより演奏者はそれが可能となるわけです。音色はピアノがもつ個性と演奏者によるタッチとペダリングで作り上げてゆくわけです。(音色ではなく弾き心地を調整するというのは馴染みがないかもしれません、うまく伝えて行けると良いのですが…)
上達への早道
ピアノを弾けるようになること
ピアノを演奏することのメリット
私は子供の頃にピアノを習っていた程度でそれは初心者レベルといって言いわけでありますが、毎日毎日同じ曲を弾いているとそれなりに自分の身体に染み付いてくるもので、そのうちどのピアノに向かっても同じイメージを持ち同じタッチで弾けるようになっていることに気づきます。
そうすると、同じタッチで弾いた時にピアノによって弾き心地が異なることに気づき、なぜ弾き心地が異なるのか試行錯誤しながら毎日の仕事をするようになります。それを積み上げてゆくと目の前のピアノを弾いたとき、どこをどう調整すると目的とする場所に到達するのかが瞬時に分かるようになってくるわけです。
8小節×10曲を目標に(2020/8/15)
自分で弾けそうな好きなフレーズを8小節だけでいいので、それを10曲くらいを目標にしてみてはいかがでしょうか。楽譜を持ち歩くのは面倒なので完全に暗譜するべきです。できれば簡単なトリルや装飾音が入っているものも一曲、メロディと伴奏がはっきり区別できるもの、音域が異なるもの、調が異なるもの、を準備すると良いと思います。
毎日飽きるほど弾いてゆくとそれらは身体に完全に染み付いて、どのピアノでも同じタッチで弾くことができるし、そして同じタッチで弾いたときの違和感も感じ取ることができるようになります。弾きやすいピアノと弾きにくいピアノを区別することが出来るようになって、お客様と演奏を通じて意思疎通ができるようになります。
できればクラシック音楽を(2020/8/15)
ジャズやポップスも良いのですが個人的にはクラシック音楽が相応しいと思います。同じ曲を多くの人が演奏しているし、Youtubeなどにも見本は山のようにあります。そしてクラシック音楽は音符ひとつひとつに意味があります。例えば、右手1音と左手3音の和音で合計4音が曲の始めだとすると、この4音ひとつひとつに意味があります。正確な楽譜もあり、その意味や解釈をネットや書籍などから容易に入手することができます。
お客様の前で勇気を持って弾く(2020/09/09)
毎日異なるピアノに向かって仕事をしているついでに、異なるピアノで演奏してみて弾き心地をチェックしてみると効率的です。気づいた時にその場で原因を探って対処することを繰り返してゆくわけです。調律師としてピアノに向かうのではなく演奏者としてピアノに向かい、弾き心地とコンディションの相関関係を探ります。
毎日実践すること(2020/08/02)
整音作業は毎日毎日すべてのピアノに対して実践します。そうすると僅かなハンマーのコンディションの違いにも気付くようになります。少し作業しては曲を弾き、どのように弾き心地が変わったのかチェックします。全ての音域においてバランス良く仕上げることと納得することを目標に。ひたすらこれの繰り返しなのです。
タッチを習得する
整音に使用するタッチ
クロマティック(2020/11/11)
半音階で弾いてゆくわけですが、早く弾いたりゆっくり弾いたり強く弾いたり弱く弾いたり、短い範囲や長い範囲を何度も往復したりを繰り返します。同じタッチで弾いたときに音量が同じでなければなりません。右手だけではなく左手で弾いてみると気づかなかった箇所を見つけることができます。
ハーフタッチ
ハーフタッチは演奏者が頻繁に使用するタッチです。整調や摩擦箇所の影響も大きく受けますので、ハーフタッチを使用してチェックできるようにするべきです。ハーフタッチを使用してクロマティック、また、ハーフタッチだけで簡単な曲が弾けるようにしましょう。
強めのスタッカート
アルペジオを弾いてみる
曲を弾いてみる(装飾音、トリル、ハーフタッチ)
音色を理解する
鳴るピアノと鳴らないピアノ(2020/07/26)
よくピアノが鳴るとか鳴らないとか表現することがありますが、ここでは鳴るピアノというのは鳴らないピアノと比較して「響板が良く振動し、ボディも振動し、低音から高音まで様々な倍音が豊かに発音すること」を指します。これを整音や調律・整調で可変することは不可能とします。少なくとも今の私の技量では難しい課題となります。
同じ弾き心地にしたときにはっきり分かる(2020/07/26)
調整がまったく異なるピアノを比較したときに、どちらがよく鳴るピアノなのか判断することはとても難しく感じます。でも、同じ弾き心地に調整したときにそれはとても分かりやすく、しかも言葉で相手に伝えやすくなります。また、ディスカッションしていてもお互いに理解し合うことが可能となります。
音響について
音響によって調整は変える?(2020/07/29)
部屋や会場の音響によって調整が異なるという技術者も多いかも知れません。私の調整は弾き心地を重視しているということもあるかもしれませんが、(ピアノ庫で調整して舞台に運ぶシーンは日常ですが)デッドな場所でベストな調整をしたピアノをライブな場所に持っていっても全く問題ないようです。ただ逆に、お風呂場のような音響の中で調整したピアノをデッドな部屋に持ってきた時に愕然とすることはあります。やはり歌もピアノもお風呂場で奏でると上手に聞こえてくるのでしょう、間接音(壁などに反射して耳に届く)の比率が多い環境での調整は難しいものがあります。多少ばらついていても弾き心地は良いままというわけです。
座って聞く、立って聞く(2020/08/02)
作業中、座って聞く音と立って聞く音では音響の影響や指向性もあって音色や音量は異なります。最終的には座って弾いてみて弾きやすいよう調整します。ただ、調整中の確認作業においては立ったり座ったりを繰り返します。例えば、座って弾いていて気にならなかったばらつきが立って聞いてみると聞き取れたり。まぁこれは私の技術不足ではありますが…。
ハンマーによる音色の差
ハンマーの硬度=音量 (2020/09/09)
同じタッチで弾いた時に同じ音量に聞こえること。例えば巻線と芯線の境目や、交差弦の境目などは音色がまったく異なるわけですが、ここの境目を同じ音量に聞こえるように調整します。シンプルにハンマーが柔らかければ音量は小さくなり硬ければ大きくなるという考え方で作業をすすめます。
3本弦のうち1本だけを調整することも多くあります。3本それぞれの音量も同じでなければなりません。その結果としていわゆる音色も揃ってきます。
ピアニシモで弾いた時どの鍵盤でもピアニシモが出なければなりません。メゾフォルテで弾いた時にどの鍵盤でもメゾフォルテが出なければなりません。
同じタッチで弾いた時にすべての音域で同じ音量に聞こえなければいけません。あまり調整されていないピアノや調整後にある程度弾かれたピアノはよく使用される中音域だけ音量が大きくなっていることがほとんどです。初心者が弾くピアノは中音域の白鍵の音量が大きくなります。
ハンマーの硬度と音色(2020/09/09)
フェルトが柔らかければ音色も柔らかくなり音量も小さく聞こえ、フェルトが硬ければ音色も硬くなり音量も大きく聞こえます。整音はたったこれだけのシンプルなものですが、(1)基準を決め、(2)全音域のバランスを考え、(3)どんなタッチを使ってもばらつきを感じないように調整しなければなりません。それが実現できた時にピアニストは気持ちよく音色を自由にコントロールできるようになるわけです。
ハンマーの表面の状態(2020/08/21修正)
ハンマーをゆっくり上昇させて弦にコツンと当たったときの極々小さな音、同じタッチで周囲を弾いた時にばらついていてはいけません。音量が大きかったり小さかったりしてはいけません。このばらつきはハンマーの表面の状態により変化します。毛羽立ち、弦跡の深さ長さ、表面付近のフェルトの弾力、等々が影響します。大事なことはこの表面のコンディションがフォルテにも影響があるということです。
ダンパーペダルを踏んだ状態で弦にハンマーがコツンと当たる程度のタッチでチェックすることも有効です。
3本弦、1本1本それぞれの音量(2020/08/21修正)
3本弦の中の1本1本の音色(音量)にもばらつきがでてきます。1本1本の音量をチェックしてゆくのは簡単ではありませんが毎日整音作業に取り組んでいると、弾いただけで3本それぞれがバラバラだなというのが分かるようになります。それは新品のピアノにも見受けられますので注意が必要です。
フォルテでのチェック(2020/07/28)
本当は思い切ったフォルテを使ってのチェックも取り入れたいところなのですが難しい点がいくつかあります。まず一般家庭ではお客様を含めて周りの迷惑になること、もうひとつは自分の耳に悪影響を与えるということです。過去にドイツ・ハンブルクにあるスタインウェイの工場で、かなり強いフォルテでチェックしていると「それは君の耳によくない」とアドバイスされた経験もあって、いまは強めのスタッカートをよく使用しています。これだと耳や周囲に負担を与えずにハンマーの奥の方の弾力をチェックできるような気がします。
鍵盤重量による音色の差
スティックや摩耗による変化(2020/09/06)
スティックやフレンジ等の摩耗で摩擦抵抗が変化して鍵盤重量にばらつきが生じたとき、同じタッチで周辺を弾いてゆくと音量に差が生じます。この差を感じ取らなければいけません。部品交換の必要のないばらつきは常に生じていますので、ここは整音で調整します。
整調による音色の差
打弦距離による変化(2020/09/06)
同じタッチで弾いた時、打弦距離の違いにより音量は変化します。整調の工程の中では一番影響のある部分ではないでしょうか。アップライトピアノのソフトペダル、ファツィオリの4本目のペダル、を使用したときの音量の変化を考えると納得がいくと思います。
整音作業の前にはタッチをチェック(2020/09/06)
スティックや整調によるタッチのばらつきは、整音作業をする前にチェックする必要があります。潤滑剤の使用も整音作業の前にします。アクションの動きがスムーズになると音量が増すからです。
整音の実際
注意するべきこと、役に立つこと
自分が弾きやすければ良いというわけではない(2020/8/2)
ピアノが弾けるようになって整音作業をしてゆくとき、自分が弾きやすければ良いというわけではない、ということを肝に命じておくべきです。ピアノは「初心者にとって弾きやすい場合、上級者にとっては物足りない。」ということが往々にしてあります。整音においては、基準音(後述)をどうするかで全てが決まってくると思ってよいと思います。お客様のピアノは誰が弾くかわかりません、誰が弾いても弾き心地の良い基準音を身につける必要があります。
良かれと思ってした作業が裏目にでることも(2020/8/9)
良かれと思ってした作業が裏目に出ることもあると思います。結局のところこういった失敗を繰り返して成長してゆくしかないのでしょう。注意深く作業してゆっくり上達する人、思い切った作業をして行き過ぎては戻ってを繰り返して成長してゆく人、それぞれだと思います。
メモをすること(2020/8/9)
作業前に感じたことや実際にどんな作業をしたのかをメモしておくと、数年後に自分の感覚が変わっていることに気づきます。数年前の作業を反省することにより、謙虚な気持ちで今の作業に臨むことができます。
基準の音を用意する
いつも同じ基準音を決めることができること(2020/09/09)
ピアニシモは柔らかすぎず硬すぎず、フォルテシモも柔らかすぎず硬すぎず。頭ではわかっていても基準をどこに持っていけばよいか迷うものです。でも、前述したように技術者としてではなく演奏者として常にピアノを弾くことを習慣にすると、基準にするべき音は固定化されてゆきます。
基準にするべき音がブレずに固定化されてゆくと、次に自分が調整したピアノに向かった時に、これまでどのようなタッチでどのくらい弾かれてきたのかがわかりますし、ばらついた箇所を訂正するだけになりますから整音作業の時間も短縮できます。
もし目標が毎回ブレてしまうと、毎回毎回ピアノ全体の作業に追われることになりますし、ピアノもユーザーも喜びません。
音域ごとのバランス(2020/11/28)
両手で同じタッチで弾いたときに10指がすべて同じ音量がでなければなりません。
ピアノはほとんどの場合、中音域の下方の音量がどんどん大きくなる傾向にあります。使用頻度が多いことと物理的に(高音域より弦長もあって)も音量が大きいということもあるでしょう。また、中音と低音セクションの境目は駒の位置も異なりますので極端に音色や音量が変わりますので、ここもうまく繋げなければなりません。
中音域の音量が大きいままで演奏すると、(曲にもよりますが)メロディ部分の右手よりも伴奏部分の左手の音量が大きくなることになり、演奏者は困惑してしまいます。
ファイリング(2020/11/28)
ファイリングが必要になる時
ファイリングを施したい理由は主にふたつあって「弦溝が深い時」と「弦跡が長い時」の2点になると思います。「深い状態」での全鍵の音色そして3弦それぞれの音色を揃えることは難しくなります。「長い状態」ではピアニシモの表現が難しくなることと、簡単にフォルテに到達してしまうことでしょうか。簡単にフォルテに到達しないようにするためには針を入れますがそうするとピアニシモが籠り過ぎとなります。
なによりも繊細に表現することが難しくなります。
ではどのタイミングでファイリングを施すべきでしょうか。以下に述べるデメリットも踏まえながらの作業になりますが、与えられた時間、予算、調律頻度、ユーザーレベルを考慮しながら決定してゆくことになりましょう。
これから整音を学んでゆく場合、ファイリングによってどう変化するのか、針入れによってどう変化するのか、硬化剤によりどう変化するのか、しっかり区別できるようにならなければいけません。きっと作業を繰り返してゆくうちに整理できるようになるでしょう。
ファイリングのデメリット
デメリットはハンマーの寿命に影響があることでしょうか。使用頻度が高いユーザーはハンマーの消耗も激しいわけですが、弦跡が短いほう(先端が尖っている)が減り方が早いので加減を考えても良いかもしれません。最高音などはフェルト部分が薄いので(ウッドに到達することも考慮し)弦跡の深さだけを除去するという方法もありかもしれません。
ハンマー交換の時期や予算を考えながら、作業内容を決めてゆかなければなりません。