フォルテ考
フォルテの限界はどこ?
『ピアニシモを出しやすくしてほしい。フォルテ?フォルテは僕が出すからいい』とリヒテルが調律師に要求する。これは私が常々意識していることのひとつである。
ところがこのフォルテ(アクセントも含む)の部分で私自身混乱することがある。
フォルテの限界点は当然ピアノにはある(図)。なおかつ、ピアニストによって出す(出せる)フォルテには差がある。大ホールでチャイコ フスキーやラフマニノフなどの壮大なコンチェルトを見事に演奏するようなピアニストのタッチと多くの一般ユーザーのタッチでは大きく違いがあるのは理解で きると思う。
また、クラシックではなくポップスやジャズのピアニストの中には軽いスナップで鋭いフォルテが出るような調整を望む方は案外多くいらっしゃる。
『最低限、このタッチでこのくらいのフォルテ、アクセントが出てほしい』という希望は誰にでもあるはずだ。
難しいのが、軽いスナップで鋭いフォルテが出るように単純に調整してしまうと(例えば華奢な弱いタッチの女性の好みに合わせて。)、 フォルテが簡単に出過ぎてしまってこれを好ましく思わないピアニストが多くなる。この逆も同じで、今度は『鳴らないピアノですね』などとご指摘を受ける こともある。
公共のホールのピアノではそのたびに大きく調整を施すとピアノに負担をかけるし、そうそう時間もない。
試行錯誤しながら随分とこれらについて検討してきたが、最近ではずいぶん要領を得て多くの方に満足していただけるだけの技量は身についてきたかなと自負している。
『心地の良い高次倍音は消さないよう配慮して調整していくこと。』ポイントを一言で言うとそうなるであろう。
高次倍音がしっかり残っていると柔らかいピアニシモも表現できるし、軽いスナップで鋭いアクセントも可能となる。 トリル、装飾音、早いパッセージ、これらの奏法時においても難なく綺麗なピアニシモが出せて、かつ十分なフォルテ、軽いスナップでのアクセントも可能。この調整の匙(さじ)加減は大変に難しく、低中高域それぞれのセクションによっても異なる。
100%すべてのお客様に満足していただけるとまではいかないが、クラシック、ジャズ、ポップス、それぞれの分野のピアニストに対して、概ね結果は良好のようだ。