アフタータッチ考

装飾音がうまく決まらない?

『装飾音が弾きにくいと感じたことはないでしょうか?』

アフタータッチを意識しての演奏を実践、または指導されたり指導を受けたりしたことのある方はとても多いかと思います。

アフタータッチ…技術的には鍵盤の動く量は概ね10ミリ。約8~9ミリくらい沈めたところで発音し、残りの約1~2ミリがアフタータッチということになります。(一般に「アフタータッチ」という語句の定義が曖昧なので特にここでは、この部分をアフタータッチと呼びます。)

実際に発音するタイミングはハンマーの勢い(慣性)もあり、もっと早く発音する場合もありますが、この発音するタイミングはアフタータッチの量により随分異なってきます。逆に言うと、鍵盤が沈み始めてからアフタータッチのポイント(8ミリ位のポイント)位置までの距離により、随分と弾き心地が変わってきます。

今回のテーマは『アフタータッチの量(先の例では2ミリと説明した部分)が変わると演奏上どんな影響があるか?』ということです。

アフタータッチが少ないとどうなるでしょう?

発音するタイミングが遅くなるので、鍵盤が重たく感じたり、ハーフタッチが弾きにくかったり、早いパッセージがもたつきます。

装飾音、トリル、なども弾きにくくなることが多いけれども、奏法によっては弾きやすくなるのかもしれません。発音するタイミングが鍵盤の底に近い部分になるので、鍵盤の底のほうで演奏する場合は理論的には弾きやすいということになります。

楽譜1

上の図では赤い印の音が(理論的には)弾きやすくなるということになります。具体的には、レの音を3回弾くことになるわけですが、2回目(赤印)と3回目(赤印)が弾きやすくなります。

これは、もしアフタータッチの量が2ミリだとしたら、『鍵盤を2ミリ戻して待機していれば十分だから。』というわけです。

もしアフタータッチが3ミリだったら『3ミリ戻して待機しておかなければならない』という理由です。

トリルや早いパッセージについても同様で、トリルは3ミリ戻して待機するよりも2ミリ戻して待機するほうが楽に決まっているし、早いトリルが可能となります。パッセージについても発音後に3ミリ運動してから次に進むよりも、2ミリですむ方がいいに決まっています。

ただ、全体を通しての弾き心地を考えてみると、アフタータッチは多めにすると鍵盤は軽く感じるし、ハーフタッチもしやすい。トリルや装飾音だって実際に演奏してみる限りでは弾きにくいとは思いません。むしろ、強弱のコントロールはしやすいと感じます。

ピアニシモは?

アフタータッチが多めのピアノと、少なめのピアノではどちらがピアニシモの表現がしやすいのでしょう?

問題は、アフタータッチの量ではなく、どのタイミングで発音するか?なのではないでしょうか。
鍵盤を沈めたときに出来るだけ底の方で発音してくれた方が音色をコントロールしやすい場合もありましょうが、この場合でも、どこまで沈めたら発音するか?のタイミングがとても重要になると考えます。

鍵盤の奥側で弾いたときと、手前側で弾いたときとでは鍵盤の深さ・重さが違うのはお分かりになるかと思います。指の置く場所によって鍵盤の 深さ・重さがこんなに違うのに同じような感覚で弾けるのはなぜでしょう?

それは鍵盤の奥側は重いけれども浅い、手前側は軽いけれども深いことから感覚的に同様に捉えているのではないでしょうか。逆に言うと発音するまでの鍵盤の深さややタイミングは鍵盤の重さによっても調整を変えてゆくべきなのでしょう。

和音で鍵盤を押さえる

ではアフタータッチが多すぎるとどうなるか?

たしかにハーフタッチもしやすくなり、早いパッセージも軽々弾けてしまうが、発音するまでのタイミングが早くなるので、許容範囲を超えてしまうとフォルテの力不足の感は歪めません。よって表現の幅が狭くなり弾きごたえがなく、それがストレスになります。
 
フォルテが出ない分、ダイナミックレンジ(小さな音から大きな音までの幅)が小さくなるわけで今度はピアニシモを弾くのが容易になります。

テニス、卓球、ゴルフなど多くのスポーツにも言えることだが、テイクバック(ラケットを引く量)が小さい時と大きい時ではボールに伝わるパワーが違うことと同じで、ピアノにも同様のことが言えそうです。

結局のところ、 アフタータッチの大きさを適正にすることにより、テクニックを最大限に生かすことができるのでしょう。楽器メーカーのマニュアルどおりではなく、鍵盤の重さや、弾き心地を確かめながらアフタータッチの量を決定してゆくべきでしょう。
 
経験的には、上級者はアフタータッチが小さい方を好むようです。弾くのは難しくなりますがダイナミックレンジが広い分、表現力が増し、弾いていて楽しいということなのでしょう。
 
追記:鍵盤の深さについては触れませんでしたが、コラムの中の「打弦距離と発音ポイント(発音するタイミング)」を是非ご参照ください。